ロッシーニ:ファゴット協奏曲 曲紹介文(全文)

来週本番を迎える毘沙門天管弦楽団第60回演奏会で、中プログラムであるロッシーニのファゴット協奏曲の曲紹介文を書くことになりました。

書き始めてみるとおよそ2000字を超える文章となったのですが、求められている文字数は800文字程度以下。なくなくいくつかの部分をカットして現行を提出しました。

しかしこの文章をそのまま寝かしてしまうのは申し訳ない…ということで、このブログで公開することにしました。つたない文章ではあるのですが、宣伝の一助、もしくは曲の理解の手助けになれば幸いです。


ジョアキーノ・ロッシーニ:ファゴット協奏曲
Gioacchino Rossini : Concerto a Fagotto principale

ファゴット。

主に中低音部を担当する木管楽器で、オーボエと同じく2枚の葦でできたダブルリードで音を発生させ、メープルで作られた管体で音を増幅させて奏でます。

折り畳まれた管体を伸ばすと2.6mにもなり、重量は3.1kgある。大きな管体から良い音程の音階を出す為に、非常に多くのホールとボタンが付けられていて、両手指10本全てをそれらの操作に用いるのは、管楽器の中ではかなり特異であると言えます(大抵の管楽器は最低1つの指は楽器を支えるだけに使われます)。その運指の複雑さは、左手の親指で押さえるボタンが9つある、という説明だけでも大凡は伝わるでしょう。

(現在のTwitterアイコンは異なる写真です。なお写真左側がファゴット、右側は1オクターブ低音を出すことができるコントラファゴットです。)

オーケストラではほぼ必ず編成に含まれていて、吹奏楽でも多くの場合で編成に含まれています。オーケストラではフルート、オーボエ、クラリネットと共に木管セクションを構成している。この4種の木管楽器に加えて、ホルンを加えた編成は「木管五重奏」と呼ばれ、アンサンブルの中でもメジャーな編成となっています。

Ensemble Poulhaud メンバー写真
木管5重奏の例(Ensemble Poulhaud (アンサンブル・プヨー)ウェブサイトより)

「ファゴットは縁の下の力持ち」といえば多少は聞こえはいいでしょうが、それはつまり「座敷からの視界には入ることのない、日陰者としての立場に収まっている」ということと言い換えられます。

独奏楽器とオーケストラのために作られた協奏曲は、そのような日陰者の楽器でも一躍表舞台に立つことのできる楽曲形態です。ファゴットのために作られた協奏曲といえばモーツァルト、ウェーバー、ヴィヴァルディ、そしてエルガーによるものが有名ですが、今回はそれらよりも演奏機会が少ない、ロッシーニによる協奏曲を演奏します。

独奏楽器と管弦楽によって演奏される「協奏曲」という楽曲は、しばしば作曲家が特定の人物にソロを演奏してもらうことを想定して作曲されています。モーツァルトのクラリネット協奏曲(K. 622)であればウィーン宮廷楽団に務めていたアントン・シュタードラー、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(Op. 64)であればライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサート・マスターであったフェルディナント・ダヴィッドに献呈されています。

ジョアキーノ・ロッシーニ(Gioacchino Rossini)がファゴット協奏曲を作曲したキッカケは、彼が教鞭を執っていたボローニャ音楽院に入学したファゴット奏者、ナザリーノ・ガッティ(Nazareno Gatti)のためと考えられています。

Composer_Rossini_G_1865_by_Carjat_-_Restoration
ジョアキーノ・ロッシーニ 写真(ファイル:Composer Rossini G 1865 by Carjat – Restoration.jpg – Wikipediaより)

「セビリアの理髪師」や「ウィリアム・テル」などの著作で有名なロッシーニは、37歳(1829年)に発表したウィリアム・テルを最後に、オペラのような大作は発表していません。それ以降は仲間向けの小品を作る傍ら、後進の教育に力を注いていきました。ロッシーニ自身も10代の頃に音楽を学んだボローニャ音楽院に、永久名誉会長として就任したのは1839年、彼が47歳のことでした。過去の栄光を鑑みて設けられたお飾りの役職、では決してなく、新任教員を指導したり、学生のコンサートに参加、リハーサルを指揮するなど、自ら第一線に出て将来の音楽家育成に力を入れていたようです。

若きファゴット奏者であるガッティが同音楽院に入学したのは1842年のこと。彼はかなり優秀な奏者であったようで、1845年にはボローニャ市から優秀な生徒として表彰されています。その際に賞賛されたのは、ガエターノ・コルティチェッリ作のファゴットとピアノのための協奏曲での演奏でした。

この時の彼の演奏を聴いて、「もっと難しい曲を用意させてあげたい」とロッシーニの中の作曲家としての本能が刺激されたのかもしれません。ロッシーニがボローニャを離れる1848年までの間に、ファゴット協奏曲が作られました。

この曲の初演をガッティが演奏したかどうか、は判然としていません。ガッティがボローニャ音楽院に在籍したのは1846年までであるので、初演したとしても同音楽院の学生としてではないかもしれません。ロッシーニの他の曲と同様に、彼がスケッチした曲は知人が清書することがよくあり、このファゴット協奏曲もそうして作られているようです。しかしこの清書作業をガッティが行ったか、というところも明確な証拠はでてきていないようです。

しかしガッティが「ロッシーニからファゴット協奏曲を贈られた奏者」であることは、当時の音楽雑誌やガッティについて記した書籍などから判っています。

この曲は長い間忘れられていましたが、2000年にやはりファゴット奏者であるセルジオ・アッツォリーニ(Sergio Azzolini)が楽譜を発見して出版したことから、再度日の目を見ることとなりました。

作曲された当時の資料が少ないこと、自筆譜ではなく筆者譜によって出版されたこと、1840年代に作られたにしては高い音域が多用されすぎている、などから、本当にロッシーニの著作なのか疑われているようです(それゆえ、「伝ロッシーニ/ファゴット協奏曲」という表記もされたりします)。しかしながらロッシーニ風のメロディで始まる第1楽章、テノールのアリアを思わせる第2楽章、大団円でフィナーレとなる第3楽章など、随所に見られる曲想はやはりロッシーニの作品であると思わせます。

毘沙門の第60回演奏会のプログラムを検討する段階において、方針として最初に決まったのはメイン曲の選定ではなく、中プログラムに協奏曲を据えることでした。第60回という節目でソリストを呼んで特別感ある演奏会にしたいという気持ちが団員全体にありました。第55回演奏会ではヴァイオリンのトレーナーである西原生由理先生をソリストに迎えてサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番を演奏していることから、第60回演奏会では管楽器トレーナーでファゴット奏者である高島彩さんをソリストに迎えることが既定路線となっていました。

ファゴット協奏曲といえば、先述したとおりモーツァルトやウェーバーが有名です。ただしこれらの曲は管楽器の編成が小さいというのが問題でした(モーツァルト:独奏ファゴット、オーボエ2、ホルン2、弦5部;ウェーバー:独奏ファゴット、フルート2、オーボエ2、(オケ)ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ1、弦5部)。ロッシーニのファゴット協奏曲は独奏ファゴット、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、(オケ)ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ1、弦5部という編成。特にクラリネットの団員が4人在籍している毘沙門では、クラリネットが編成に含まれるこの曲は、全奏者の出番をそれなりに確保できるこの曲は非常に(オーケストラとしては)魅力的でした。

ただし、独奏ファゴットとしては非常に困難な曲目となってしまいました。モーツァルトのファゴット協奏曲は自分も以前曲をさらったことがあり、今でも主要なメロディは演奏することができます。そんな私でも、ロッシーニのファゴット協奏曲は曲を通すだけでも一苦労でした。多用される高音域、第3楽章で出てくる2オクターブ超の跳躍など、求められる体力と技術力が非常に高いものがあります。

そんなソリストに特に難曲である同曲ですが、合奏を通じて非常に完成度が高くなっています。独奏はもとより、管弦楽の方もアンサンブル力が高まっていると思います。来週の本番は良い演奏をお届けできるのではないか、と思います。

ちなみにイタリア語の原題である「Concerto a Fagotto principale」の「principale」は直訳すれば「主要な」という意味。オーケストラ側のファゴットパートには「Basso continuo e di ripieno」とあり、合奏協奏曲で大きな集団をリピエーノと指すことから、「独奏側ファゴット」「オケ側ファゴット」という意味で使われていると思われます。

第60回演奏会では、オーケストラとしては非常に珍しいであろうメンデルスゾーン「吹奏楽のための序曲」を、ほぼ原曲に近い編成で演奏する(イングリッシュバスホルンはオフィクレイドで演奏)ほか、シューベルト交響曲第8(9)番を演奏します。コロナ禍が収まらない状況ではありますが、感染対策を徹底の上、現段階では演奏会は開催予定です。お時間ある方はぜひとも会場にお越しくださいませ。

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