高校野球と大学飛行機

一昨日はwassanと高校の吹奏楽部に行ってきました。前回来たときよりもレベルアップしてたかな。ただクラリネットが初心者なのが大変ですが。というより出席率低い〜。

少しだけ後輩のトロンボーンを吹かせてもらったのですが、全く音程が安定しない。さすがに1年以上トロンボーンから離れると口が忘れていくようです。ファゴットやってるんだから当たり前ですが、ここまで下手になるとは。

そうそう、高校と言えば昨日その母校の高校野球の対戦があったようですね。相手は攻玉社、まあそれほど期待はしてなかったのですが、もしかしたら勝つかな〜くらいの気持ちでした。今日になって試合結果を見たら・・・んん??8回表に10点入れられて17対7のコールド負け!?それまでは拮抗していたようなのに何故だ。

そして昨日、東京工業大学マイスターが松下電器のオキシライドを動力に有人飛行する公式飛行を成功させたそうです。以前NHKのニュースでも報道されてたけど、ついに公式に飛行したんですね。

おともれ

少し前の記事ですが、ITmediaでちょっと面白い記事を見つけました。

自分もiPodを持ち始めてから、電車の中では大抵音楽を聞いているのですが、曲の途中で音量が急に上がるとびっくりして、「音が漏れて迷惑じゃないかな」と焦ってしまう経験があります。まあ音漏れさせる人はリズムがはっきりとした洋楽がほとんどで、演歌やクラシックはないそうですが。

どうやら音漏れを不快に感じさせるのは、マナーの悪さはもとより、音楽を中途半端に聴かされることにあるようだ。曲として成り立っていると、不快のピークを通り過ぎる。たとえば、人と人との会話は電車内にあって当然なので聞き流せるが、携帯電話の通話になると妙に気になるもの。理性では聞かなくて良い情報だとわかっていても、片方の声しか聞こえないため、内容を補完しようと無意識にあがいているのが不快さの理由かもしれない。音楽の場合も同じだと思う。

ああなるほど、今まで、「携帯電話の話し声はイライラするのに電車内での乗客同士の会話が気にならないのは何故だ」と思っていたのですが、中途半端な音が一番迷惑だということですね。積年のもやもやがすっきりしました。

しかし今のiPodのイヤホンは今イチです。すぐ外れるし、低音が割れるようになったし。そろそろ高級なヘッドホンでも買おうかな。

第6と第5

最近買ったCDをご紹介。第六と言っても交響曲とかの番号じゃないですよ。

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マルコム・アーノルドは「戦場をかける橋」などの映画音楽を手がけた作曲家。作曲家はあまりピンと来なくても、曲を聴けば大抵は知ってるはず。

ちなみに目当ては最後に入っている「第六の幸福をもたらす宿」の3曲、次の冬の定期の前中曲の候補です。吹奏楽のほうがよく聞くのはなんでだろう・・・と思ってたのですが聞いてなるほど、弦楽器が簡単なんです。でも良い曲だなあ、やればきっと吹奏楽やってる人達が聞きにくるぞ:-)。

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もう一つの「第5」はショスタコ5番とモーツァルト序曲集と言う組み合わせのCD、管弦楽はスイス・ロマン度管弦楽団、指揮はケルテスって人らしいです。

恥ずかしながらこれで聞くまで、「フィガロの結婚」序曲というタイトルと曲自体が結びついてませんでした。ファゴットが目立つそして指周りが難しいという話だけで演奏したくないなーと思ってましたが、良い曲ですね、難しいけど。

モーツァルトの生誕250周年だから、今年のうちにやりたいですね。フィガロに限らず、彼の作品はどれも「超」が付くほど難しいですけど。

ただ、メインのショスタコーヴィチ交響曲第5番はちょっと今イチ・・・。アマゾンのカスタマーレビューにもありますが、最終楽章に緊張感がないです。

ただこの曲は作曲の経緯がやや複雑で、どう演奏するか、どう表現するかはまちまちらしいです。ロシア革命ひいては共産党を讃える人民の歓喜か、はたまた社会主義リアリズムに縛られた芸術家(ショスタコーヴィチ)の悲痛なる叫びか・・・。別の意味で難しい曲ですね。

ちなみに自分は、基本的に革命を賞賛しているけど、第4楽章の最後のトランペットの音が『「万歳!」と叫びながら泣いている人々の声—つまり喜びの涙ではなく悲しみの涙を流している」と思っているのですけど、どうなんでしょうか。