『リズと青い鳥』を観て感じた「芸術のジレンマ」と「北宇治の長期運営視点」

今年4月21日に公開された『リズと青い鳥』について。様々な評判を読み聞きして、私も書き記しておこうと思います。

概要を記す前に。私はこの作品『リズと青い鳥』を視聴して素晴らしい作品だと信じていて、多くの人にもっと見てほしいと思っています。

一方で、この作品には万人に手放しで進めるにはちょっと踏みとどまってしまうべき事柄がいくつかあります。例えば以下のレビューでは、この作品は百点満点と評して差し支えないレベルの作品であるともいえるし、「これは映画なのか?」という疑問さえ起きる落第点の作品ともいえるという極端な二面性を持っている。とまで言われています。

このレビューを読んで――というより、このレビューを書いた人:尾崎和行さんとTwitterのメッセージで何通かやりとりをして、そこで出てきた私の意見を再編集したのが以下の文章なのです。

『リズと青い鳥』の概要

武田綾乃が2013年から執筆している『響け!ユーフォニアム』シリーズを原作として、京都アニメーション制作によってTVアニメが2015年(第1期:響け!ユーフォニアム)と2016年(第2期:響け!ユーフォニアム2)に制作・放映され、それらをまとめた総集編として映画も上映されました。

この作品の主人公、黄前久美子(Euph.)が北宇治高校吹奏楽部に入学し、京都府大会で演奏するまでが第1期、府大会の後に全国大会まで出場し田中あすか(Euph.)ら3年生の引退を見届けるまでが第2期です。

そして、アニメ第1期の総集編が『劇場版 響け! ユーフォニアム ~北宇治高校吹奏楽部へようこそ~』として、アニメ第2期の総集編が『劇場版 響け! ユーフォニアム ~届けたいメロディ』として構成され公開されました。

『リズと青い鳥』は第2期の時系列的に続き、すなわち黄前久美子が2年生となり、2回目の吹奏楽コンクールを目指す北宇治高校吹奏楽部が舞台です。

第1期・第2期(以下、まとめて『響け!』と称する)を通して、主人公は黄前久美子。まごうことなき主人公。どのくらい主人公の主人公かといえば、受験のためにコンクールを断念する幼馴染である斎藤葵(Bar.Sax)をの背中を見送ったり、オーディションの結果コンクールに出られない中川夏紀(Euph.)を気遣ったり、山の上で2人きりで高坂麗奈(Trp.)とアンサンブルをしたり、幼馴染の塚本秀一(Trb.)に気にされたり、3年生の中世古香織(Trp.)にソロを吹かせたい吉川優子(Trp.)の胸の内を明かされたり、田中あすかがなぜユーフォニアムをすることになりコンクールへ出場したい気持ちを再燃させたり、といったぐらいの主人公的な活躍をしています。

ですが『リズと青い鳥』の主人公は彼女ではありません。というか、本作での黄前久美子の扱いはモブといっても過言ではなく、単なる吹奏楽部員の1となっています。もちろん黄前久美子が高坂麗奈と仲良くアンサンブルしているシーンが印象的ではありますが、セリフとしてはほとんど出番がありません。同級生である高坂麗奈の方が、上級生との直接の会話があるだけ出番が多いほどです。

『リズと青い鳥』の主人公は、オーボエの鎧塚みぞれとフルートの傘木希美、どちらも黄前久美子らの1つ上の学年。『響け!』とは主人公が異なっているほか、監督も違う(『響け!』:石原立也、リズと青い鳥:山田尚子)。そしてキャラクターデザインも違っています。

『響け!』では主人公・黄前久美子によるモノローグが要所で挟まれ、視聴者の気持ちを代弁したり、吹奏楽に触れたことのない人向けに解説などをしていました。『リズと青い鳥』ではモノローグは一切なく、言語による解説は極端までに削ぎ落とされています。代わりに、背景や画面で出てくる小物などといった、暗示的な描写が多く用いられています。

本作品のスタッフ欄には「原作:武田綾乃(宝島社文庫『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章』)」とクレジットされているるものの、映画のタイトル自身には「響け!」の文字は入っていない。舞台と登場人物を同じくした、別個の作品として認識するのが正しいのかもしれません。

「過去にない作品への挑戦」という芸術にありがちなジレンマ

『リズと青い鳥』は、『響け!』のこれまでの延長線上の時系列にありつつ、しかしながら全く違う作風を目指している、と考えられます。大ヒットしたシリーズであり、制作プロダクションも同じなのに、なぜそのようにしたのか?

私がたどり着いた結論の一つは、芸術でよく発生する、『独自性、新規性こそが芸術における創造で最も重要である』という考え故なのではないか、ということです。

例えばクラシック音楽でいうと。宮廷のものだった音楽を一般庶民にも対象を広げ、和声法やソナタ形式などの音楽法をベートーヴェンが確立しました。クラシック音楽としての方向性が定まった一方、後世の作曲家は、ベートーヴェンがやらなかった、よりユニークな手法を見つけることで、芸術家としての音楽家の名声を得ることを強いられます。

例えばドヴォルザークなどは地元チェコの音楽をクラシック音楽に取り入れ、ストラヴィンスキーは複数の調を同時に演奏する複調=ポリフォニーでこれまでにない独自の響きを生み出し、シェーンベルクはさらに調性を発展させ十二音技法や無調への試みを行い、ショスタコーヴィチは前衛的な作風とソヴィエト政治との対立の中で創造を続けました。

…最後はちょっと切り口が違うかもしれませんが。ともかく、独自性を出そうとすればするほど、多くの聴衆から共感を得ることから離れてしまう、という現象が発生しています。

それではより多くの人に共感してもらう音楽を量産しよう、とすると先人たちの作品の焼き直しと取られかねず、芸術として高く評価されることは多くありません。いっそジャンルを変えて、映画音楽やゲーム音楽などの別分野に活動の場を広げることで、多くの人からの評価を得る音楽家も少なくありません。

『響け!』の話しに戻ります。同作品はアニメ作品として、特に吹奏楽を取り扱う作品としての金字塔となりました。高い評価を得た同作品の延長線上で続編を作ると、下手すると劣化コピーともとれる作品となってしまいます。みぞれと希美の関係は『響け!』でも触れられましたし、2人のその後の関係性は多くの人が知りたがる物語のはず。単なる続編として作ってしまうと、それはそれで良い作品となるでしょう、しかし他の吹奏楽部員の話と同列になってしまい、評価が埋もれてしまう恐れがあります。

それではいっそ、アニメ的な描き方を極力排そう、テレビの再構成ではなく映画館で上映するのだから観る人に受け取り方を委ねる描き方をしよう、テレビ枠ではできない時間の使い方をしよう、――これまでのアニメではない作り方をしよう、という描き方をしたのが『リズと青い鳥』なのではないでしょうか。

過分にメタ的な視点ですが、「クラシック音楽が辿って来た芸術のジレンマを、アニメで今まさになぞっている」(悪い言い方をすれば「ジレンマに陥っている」)のかな、と感じました。重ねていいますが、『リズと青い鳥』が私は大好きです、けれど他の人に手放しでオススメできるかというとちょっとそうはいかないところです。

「強豪校慣れ」していない北宇治高校吹奏楽部の体制

新たに顧問に就任した滝昇の指導により、北宇治高校吹奏楽部は全国大会に出場するまでに実力を上げる、というのが『響け!』での主なストーリーでした。

翌年の北宇治も、滝体制が続いている以上、おそらく全国大会で良いところまでは行くと思います。ですが吹奏楽コンクール全国大会の常連校としての運営体制が整っているか、という点で見ると、まだまだ組織として脆弱な点が見えてきます。

例えば『響け!』終盤で3年生が卒業するわけですが、団員のファゴット奏者が2人とも当時の3年生だったため、翌年度は1年生を2人ファゴットに所属させたようです(直接そう言っているシーンはないですが、リボンが同じ色なのでおそらくそうでしょう)。

木管低音楽器であまり目立たず、学校楽器もそれほど余裕があると思えないファゴット(中古でも購入しようとすると30万円〜40万円は普通にします)を、団員が所属していないとはいえ新1年生に担当させるのは果たして適当なのか。1年生と2年生に1人ずつ、余裕があるならば3年生・2年生・1年生と学年に1人ずつ、と縦の流れを作り、先輩が後輩を教える体制を作ったほうが、長期的な運営がしやすいのではないかと思います。まあ翌年になったら転向させるとかやり方はないではないですが。

北宇治高校吹奏楽部 ファゴット1年生の2人
北宇治高校吹奏楽部 ファゴット1年生の2人(『リズと青い鳥』ShortPV5 先輩大好き梨々花編より)

ていうかコントラファゴットある…借りたのかな、それとも学校楽器であるのかな…

また、外部トレーナーの新山聡美がみぞれに音楽大学への受験を勧めたことに触発され、希美も音楽大学への受験を決めます。というか思いつきます、軽いノリで。それを聞いた周囲の反応が、どうにもふわっとしている。「へえ、そうなんだ」ぐらいの返答なわけです。同級生はもとより、仮にもプロである新山聡美でさえも。

音楽大学への受験を考えるならば、まずは専攻する実技試験の他、副科のピアノ、音楽理論など、様々な科目への対策が必要となります。みぞれはオーボエの実力も相当である上、ピアノも弾けるようですから、あとは音楽理論を補強すれば、コンクール後でもなんとか受験に間に合いそうです。

それでは希美の音大受験の勝算はどうでしょうか。フルートの実力としては、アマチュア奏者で続けていくならばそこそことは思いますが、プロを目指すのであれば相当な努力が必要になりそうです。映画の冒頭でオーボエと2重奏する際にピッチがずれたまま続けてしまう点からしてあんまり音程に頓着がなさそうです(しかしそれはみぞれも指摘するべき点かもしれませんが、まああの場面はお遊びですし)。ピアノや音楽理論についてどの程度の素養があるかは分かりませんが、吹奏楽部の中では人並みくらいなのではないでしょうか。

問題なのは、音大受験をするにはまだ準備不足である、と希美に指摘してくれる人間がいないことです。「音大の受験にどんな科目があるのか知ってるの?」とか、「これまでフルートのプロに師事したことあるの?」とか、「将来的に楽器で飯を食っていくのか、指導者としてやっていくのか、将来的なプランはあるのか」とか、受験するなら確認すべきことはたくさんあるはずです。高校卒業後の進路について、ちょっとみんな無関心すぎる気がするのです。

『リズと青い鳥』ロングPV より 鎧塚みぞれと新山聡美
鎧塚みぞれと新山聡美 (『リズと青い鳥』ロングPV より)

これまでの登場人物の中で、唯一そういったことを指摘してくれそうなのは田中あすか(Euph.)ですが、すでに卒業して本映画での出番はありません。それに「希美は音大には行けない」と感じていたところで、それを指摘してあげるほど彼女がお人好しであるとも思えません。

あれやこれやを考えたとき、どうも滝昇という顧問は、吹奏楽部を全国大会に連れて行く単年度の力はあるのだけれど、吹奏楽部をコンクール常連校とするための長期的な素地づくりには視野が及んでいないのではないか、と思えるのです。

外部トレーナーとして新山聡美(Fl.)と橋本真博(Per.)というプロ奏者を雇っているようですが、数年後に北宇治高校吹奏楽部のOB・OGが加われば、パート毎・奏者毎などより細やかな指導を行うことができるはずです。しかもOB・OGならば無償、もしくは非常に低廉でも喜んでトレーナー役を引き受けてくれるかもしれません。トレーナーが難しくとも、コンクールでの楽器運搬や事務手続き等、部活を運営していくには人手が必要でしょう。部活の事情を熟知している卒業生ならば、引き継ぎの点でも有利です。

卒業生がどのような進路に進むか。プロを目指して音大に進むか、大学の吹奏楽部などで引き続きアマチュアとして活動するか。いずれの立場であったとしても、卒業生が部活とつながりを持ってくれることは今後の部活運営で非常に手助けとなるはずです。そのような長期的な運営ビジョンがないことが、各トレーナーや上級生の卒業後の進路への興味の無さにつながっているのかもしれません。

卒業生を含めた部活の外の力による演奏・運営のサポートを充実することで、部員はコンクールで演奏だけに注力することができます。北宇治がコンクール常連校となるには、そのような周囲のサポートを強化することが今後必要となるのではないでしょうか。

『リズと青い鳥』ロングPV より 滝昇による合奏風景
滝昇による合奏風景 (『リズと青い鳥』ロングPVより)

『リズと青い鳥』を見ていて思ったのはこんなところです。こうして読み返してみると、「より新しい表現を追い求めるか」という芸術性、「どように団体を継続させるか」という運営性、どちらも音楽を行うのに欠かせない事柄が私の中で引っ掛かっていたようです。

長々と書かせてもらいましたが、冒頭に書いたようにこの映画自体にケチをつけるつもりは毛頭なく、非常に良い映画に仕上がっております。7月の現在も上映館があるようですので(というかこの文章を仕上げるのに2ヶ月も掛かってしまった…)、まだ観ていない方は是非劇場へ足を運んでみてください。