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#日経私のアマオケ で語られたのは「個の楽しみ」であって「演奏の向上と共有」ではなかった

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中井豊記者による「(体・験・学)私のアマオケ 探して」という連載が、6月6日から10日まで、日経夕刊に連載されていました。

(この記事は中井豊記者による「私のアマオケ 探して」(2016-06-08)の続きです。)

学生オケでやっていたクラリネットを再びアマチュア・オーケストラでやろうとするも枠が埋まっておらず挫折、ヴァイオリンに転向し楽団に所属するも難曲に音を上げて逃げ出し、平日に主に活動する楽団でようやく自分らしい演奏ができることが判明、後にそこからスピンアウトして室内楽を始め、最終的に発表会を行う、というストーリーです。

Twitterでの観測範囲内ですが、あまり評判は良くないようです。

で、私が読んでみた感想なのですけれども、この連載に「聴いた人が楽しんでくれるか」という聴衆側からの観点や、「曲をどう成り立たせるか」といった指揮者および運営側からの視点、いわば全体を俯瞰したものがないのですよね。全て「私がどう楽しむか」「参加した人が楽しんでいるか」という、個々の主観止まり。

ただ「初心者OK」のオケのみなさんは優しかったが、ブラームスさんは初心者を許してくれなかった。指使いは進化したが、弓をみんなと同じ向きで上下できない。コンサートに間に合わず、直前に退団した。

「曲を完成させられないから」と、本番直前での退団。演奏で足を引っ張りたくない、という気持ちがあるかもしれませんが(そうは読み取れませんが)、運営としては退団されるとむしろ迷惑。

バッハのブランデンブルク協奏曲第4番はフルートが2人登場する名曲だ。この楽器に6人がひしめく我が楽団では「3つの楽章を、2人ずつ交代で吹こう」と分担を提案したのに、いつしか6人全員が最初から最後まで吹いている。「フルートの音、手厚すぎ」と言いかけたが、一生懸命な彼女らを止めるのは無理だ。

「自分が楽器を演奏することを楽しみたい」という気持ちが優先されるので、「聴いた時の音量バランスを考えて休ませる」といったことはしない。

もうひとつ始めたのが「ダブルキャスト制」だ。名曲だと「その曲、参加したい」と何人も希望者が出るが、断るのはもったいない。チームをいくつかに分け、普段から別々に練習する。本番で欠席者が出ても、誰かがカバーして、何事もなかったように終わる。私が50歳目前でバイオリンを始めたきっかけ、バッハのオーボエとバイオリンのための協奏曲は現時点で、第3チームまで演奏できる。もちろん全員順番に舞台に立ち、演奏する予定だ。

(中略)

「育児と介護で忙しい人を無制限に受け入れる」。これは午後オケの理念だが、私自身が両方の経験者なので、そんな楽団が存在していることのありがたみを身にしみて感じる。室内楽団の活動は冗談半分で「午後オケのまね」といわれる。そうかもしれない。でも時間の制約がある中で仲間と音を出せる場が広がるのは、とてもうれしい。

目的は全員が演奏できることであって、演奏の出来を向上させることではない。

…そう、「演奏会を良いものとして、観客からの拍手をもらう」「楽団を円滑に成立させる」というのは、この方の連載では重視されるものではなく、「個々が楽器を演奏できること」「個人が楽器を自由に演奏できる場を確保する」が優先されていたのです。

社会人になって音楽を行う目的は様々。単純に「楽器を演奏出来るだけでいい」というもの、「あの作品のこの曲をどうしてもやりたい!」という曲に対する並々ならぬ情熱(企画オケやサブカル系オケに多い)、「このメンバーでもう一度良い演奏をしたい」というメンバーの結束からくるもの(学生OBオケに多いでしょうか)、などなど…。

そう、一口にアマオケといっても、楽器を単純に演奏できればいいというものから、曲の完成度を向上させる、パフォーマンスも含めて観客からの拍手をもらう、メンバー同士の結束を深める、とか目的は様々。日経の中谷豊記者は演奏ができることが第一であって、この連載を批判している方はおそらく曲の完成度を重要視する人たちだったのでしょう。そうすると対立するのは仕方のない事でありましょうか。

ただ、40代後半の社会人が、「上手く出来ないから」という理由で楽団を放り投げて、その後の楽団運営をおざなりにしてしまうのには、さすがに眉を顰めてしまいますが。

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