自分が中三のときに歌った「消えた八月」(作詩 : 栄谷 温子 ; 作曲 : 黒沢 吉徳)、そういえば原爆をテーマにした合唱曲です。3年1組の自由曲として歌って、学年の最優秀賞(といっても4クラス中の1位なんですが)を受賞した思い出深い一曲です。おそらく曲の上手下手より、曲が持つメッセージ性が審査員に高得点を付けさせたんだろうと思います、他の3曲も良い曲ですが明るく「友情」なんかを歌った曲なので。
という訳で今日は広島の「原爆記念日」・・・とWikipediaで調べたら「広島平和記念日」とか、「広島の日」、「広島祈念日」という表し方もあるようです。広島を始め日本の各地、また海外でも平和を祈る式典が行われたようです。
えー、ただここで「こんな悲惨な戦争を二度と起こさないようにしなければならないと思います」なんてベタなことを書こうと思ってはいません。戦争を知らないまだ十代の若者なんかより、実際にそれを目の当たりにした当事者の言葉の方がずっと重みがあるし、そもそも、戦争なんてしたくないしされたくないというのは、全ての生きとし生けるものが思っている普遍的な感情ではないかと思います。
ごく一部の人は戦争が起こって欲しい人もいるかもしれませんが、それは戦争によって利益を得る人くらいではないかと。軍需産業とか石油産業とか・・・。そんな人達も自分の家の目の前で兵士が銃撃戦でバタバタと倒れる光景なんか見たくないはずです。みんな戦争なんか嫌いなはず、と思いたいです。
それを、さもみんな戦争がしたい雰囲気になっているように思わせて、「戦争は嫌です」と幼い子供に言わせる団体は好きになれません。戦争はしたいからするんじゃない、対話による外交に行き詰まり、しなければならない状況に追い込まれてしまったから勃こすものだ。敵兵は殺したいから殺すんじゃない、話し合いで解決する問題でなく、自らことを起こさなければ殺されてしまうから殺すんだ。
勿論、話し合いする余地があるにもかかわらず戦闘を起こしてしまうのは許されない行為だ、しかし何が何でも戦争反対世界平和と唱和していては、この世の問題が解決できる訳ではないだろう。
あれ、こんな話がしたかった訳ではないのにな・・・最後に一言、原爆は嫌だよ。